令和元年のご挨拶

令和

2019年5月1日、年号が平成から令和へと変わりました。
前身となる美野里商事や東ヶ崎商事は昭和の時代からあるのですが、株式会社東和不動産となったのは平成元年のこと、株式会社東和不動産としては初めての年号跨ぎとなります。東和と令和で和の文字が被っていますので、令和の年号が発表された時には、とても親しみを覚えました。
○和という会社は多いので、同じような感想を持った方は多いんじゃないかなと思います。東和不動産という会社も全国にいくつもありますしね。
令和という年号に特に不満はないのですが(国文学を専攻してたわけではないので、万葉集やら文選やらの話はたいして詳しく知らないですし)、法務局や役所に提出する申請書や委任状等をすべて平成から令和に書き換える必要があるので、それがちょっと厄介ですね。当然、法務局のオンラインシステムも令和で申請するわけで、システムが連休明けに問題なく稼働してくれることを祈るばかりです。

平成という時代を振り返ってみると、不動産業・建築業ともに激変の時代でした。昭和の時代は土地の価格は決して下がらないとする「土地神話」が隆盛を極めていましたが、平成に入りバブルが崩壊すると、土地の価格は下落する一方となりました。都市部に関しては土地の価格が上昇に転じているところもありますが、地方に関しては下落傾向にようやく歯止めがかかりつつあるといった状況で、土地価格が上昇に転ずる気配はありません。

昭和の時代、不動産業とは土地を安く買って高く売る、いわゆる土地転がしが主流でした。平成に入ると、そういう商売をやっていたところは淘汰され、堅実な経営をしてお客様と真摯に向き合ってきた不動産会社が生き残りました。都市部に関してはなんともいえませんが、地方では土地バブルが再びおこることはないでしょうから、令和の時代においても、地主の方・土地をお探しの方ともに信頼されうる会社が生き残っていくのだろうと思います。

建築においても、平成という時代は大きく変化しました。阪神大震災が起こったのが平成7年1月17日のこと。大地震による建物への被害分析から、平成12年に建築基準法に新耐震基準が明記され、基礎の構造、接合金物、耐力壁の偏心の規定がされました。これにより建築物の耐震性は大幅に向上し、新耐震基準に基づいて建てられた住宅は震度7の地震にも耐えうるものとなりました。

断熱性能も平成の時代の間で大きく変わりました。平成11年に次世代省エネ基準が制定され、日本の住宅に求められる断熱性能の基準が定まりました。夏は暑くて冬は寒いのが当然だった日本の住宅に、きちんとした断熱材やサッシが使われるようになり、ある程度は快適に過ごせる建物となりました。近年ではZEH基準、HEAT20と新たな指標も制定され、断熱性能に関しては徐々に世界基準へと近づきつつあります。もっとも、断熱に関しては法律で規制されているわけではないので、住宅会社による意識差がかなりあるのが実情ではあるのですが。。(2020年に予定されていた断熱性能義務化はなくなりました。)

現在、空き家が増えつつあり国はいろいろな対策をしてはいますが、「昭和の建物」と「平成の建物」の性能差を考えれば、しばらくの間はスクラップ&ビルドの傾向は続くと思われます。平成時代の建物が中古市場に出回り始めるであろう令和中期ごろには、中古市場も今とは違う形になるかもしれません。

さて、これからは令和の時代になります。令和がいい時代になるといいですね、と楽観的に言えるといいのですが、現実的に考えれば、令和という時代は少子高齢化がどんどんと進み、日本という国が世界経済のなかで埋没し先進国ではなくなる時代なのは間違いありません。一億総中流社会といえた時代はすでに過去のものですし、令和時代においても格差はさらに広がっていくでしょう。

そんな中で求められる不動産業・建築業を考えると、これまで以上に1人1人にフォーカスできる会社なのではないかと思います。個々の方の希望に細やかに対応できるのが、弊社のような会社の強みです。大きな企業ですとシステマティックな対応しかできませんし、大企業が案外いい加減なものだというのは、ここ最近の様々な報道により露わになっています。平成の時代は宣伝だけで中身は空っぽな会社でも生き残れましたが、令和の時代こういった会社はこれまで以上に厳しい目でみられるはずです。

不動産にしろ建物にしろ、買うのも売るのもつくるのも「人」です。すべては看板ではなく人がおこなうものです。
株式会社東和不動産は人を見る会社でありたい、そして人に見られる会社で有り続けたいと思います。そして、多くの方とともに過ごせていければと願っています。
令和時代においても引き続き、株式会社東和不動産をどうぞよろしくお願いします。